ワールドシリーズ GAME5 短感

    ヤンキース 100000102 4
    マーリンズ 03012000× 6

 マ−リンズに再び、奇跡が起きた。ヤンキース先発のデビット・ウェルズが、1回を投げたところで、背中の痙攣を起こして降板してくれたのだ。
 ウェルズは1回の3人を、わずか8球でしとめ、最上のスタートを切っていた。プレーオフを何度も体験しており、普段からピンチにも動揺しないベテランサウスポーを打ち崩すのは簡単ではないことが予想された。
そして初回には、ヤンキースが1点を先制していた。ゾウアザラシのような外見からは想像できないこの投手は、速球派ではなく一流のコントロールピッチャーである。相手がリードを追いかけて点をとろうとすればするほど、きわどいところにコントロールしたボールを打たせるのが得意だ。
打ち気にはやるバッターを、早いタイミングで打たせ、打線のリズムを崩していく。若い投手の中には勝利を意識しなくていいことから、リードされた状況の方が好投する投手も多いが、この投手は接戦やリードした試合でもっともその力を発揮するタイプの投手である。
 1−0と1回を終えた時点で、ウェルズにはもっとも得意とするゲーム状況だった。

 一方のマーリンズは先発が、ウェルズと同じく第1戦先発の若いブラッド・ペニ−。第1戦では、コントロールが3回から突如おかしくなったが、ヤンキース打線が再三得点するチャンスを見逃し、5と3分の1回までペニーを助けてしまった。2つのダプルプレーに、1つの走塁ミスでの刺殺を記録。ペニーにとってはピンチの度に、ヤンキースからプレゼントが届き、ダグアウトに戻れたわけだ。
 今日の試合でこのまま接戦が続いていたら、ペニーが自分のボールを投げ、ヤンキース打線を抑えられる確率はウェルズに比べればはるかに低いものだったと言っていいだろう。
 接戦ではウェルズには有利、ペニーには不利。そして状況は1−0でヤンキースがリードしている。昨日の試合をサヨナラゲームで勝利しているとは言え、マーリンズにはタフな試合になることは予想された。

 しかし、ウェルズは1回で降板する。これでマーリンズにとってはぐっと勝利するチャンスが広がった。
 ヤンキースで3イニング以上投げるロングリリーフができるのは、ジェフ・ウイーバーとホセ・コントレーラスの二人である。しかしウィーバーのシーズン防御率は5点台、コントレーラスは素晴らしいボールを持っているが、己をコントロールする術をまだ覚えていない。ウェルズに比べればぐんと実力が落ちる。ウェルズを引きずりおろせば、クローザ−のリベラを除けば、彼以上の投手をマウンドに上げることはヤンキースにはできないのだ。
 その二人のうちウィーバーは、昨日の試合でアレックス・ゴンザレスサヨナラホームランを浴びており、ベンチとしては投げさせにくい。潜在能力もコントレーラスに劣る。
 予想通り、ヤンキースはコントレーラスをマウンドに送った。

 コントレーラスは、素晴らしいボールを持った投手だ。伸びのある速球は100マイル(161キロ)をゆうに超え、レッドソックスとのチャンピオンシップでは102マイル(164キロ!)を記録した。
 変化球は鋭く落ちるスプリットが、140キロ台を記録する。このスプリットも普通のスプリットではなく、横に揺れながらナックルのように落ちていくもので、その変化は大きい。
 いくら頑張ってもそのような速球や変化球は、ウェルズには投げられない。しかし頼りにされているのはそのような速球がせいぜい140キロ台後半の投手の方だ。
 それはピッチングが、結局はコントロールが一番重要であるということである。この場合のコントロールとはただ単にキャッチャーが構えたところに投げられることを意味しているのではない。
 たとえば、10−0でリードされている時には誰でも、構えたところに投げられる。だが1−0でこちらがリードしている状況で、キャッチャーが要求したとおりのコースにボールを投げられるピッチャーはほとんどいない。
 そういう投球ができれば、ここぞという場面で打ち込まれる確率がぐんと減らすことができ、毎年15勝前後あげられるピッチャーになれることは間違いない。だが15勝をあげられる投手は1チームに1人か2人いればいいほうだ、ということが現実だ。
 ピッチャーが甘いボールを投げてしまっても、バッターがそのボールを打ち損じることがある。だが厳しいコースにボールを投げておくことができれば、打ち損じる確率は格段に高くなる。そのようにヒットか凡打かをバッターに委ねるのではなく、自分で決定できる投球を増やしていけば、ピッチャーは自然とその試合を支配していくことができる。
 時にバッターが稀にみる好調子だったり、ヒットが続いて自信満々だったりすると、そのような打ち取る確率が高いボールでもヒットされることがあるが、それは仕方ない。
 9人全員がそんな調子だったり、1年の間ずっとそんな調子の選手がいるはずはないのだから。ディマジオの56試合連続安打が60年近く破られないのも、バッターの調子をずっと一定させるのはとても難しいということだ。
 一流投手と二流投手の分かれ目は、「緊迫した状況で、厳しい(ベストな)コースに自分の持ち球を投げられるか」ということである。これができるピッチャーこそ、真にコントロールを持っていると言っていいピッチャーなのだ。 そしてその持ち球をどう組み合わせていくかというのがキャッチャーのリードになるが、まず大前提としてコントロールが無ければリードもあったものじゃない。
 
 このコントロールを身につけるためには、ただ漫然と投げていたのでは絶対に身につかない。自分の投球を見つめ、まず自分の財産とするボールが何かを探して、そのボールをもっとも効果的に活用する方法(コース、他の球種とのコンビネーションなど)は何かを考え、それを習得するためにトレーニングする。試合で試す。
 自分の長所を把握することは短所を知ることでもあり、さらにその先には、もっとも自分の投球でしてはいけないパターンや、逆に積極的に相手に使っていくべきパターンが見えてくるはずだ。
 このように自分からスタートして、自分の投げるボールをベースアップしてつかんでいくのが本当のコントロールと呼ぶに相応しく、ただキャッチャーの構えたところに投げられるというだけが、コントロールがいいわけではない。
 コントレーラスは素晴らしいボールを持つ投手だが、まだ自分をコントロールすることができない投手だ。チャンピオンシップ第2戦のように目の覚めるような速球を見せ、完璧なピッチングをしたと思えば、四球を連発し、打ち込まれたりする。自分の武器が何かまだ自覚してないために、せっかくの財産も活かしきれてない。
 だからピッチングもその日の調子に大きく左右され、安定していない。マーリンズにしたらいくらスピードが速くても、そのような不安定なピッチャーはウェルズに比べたら大変くみし易い。
 
 コントレーラスには今日は調子を悪い日だったようだ。ウェルズの後を受け、2回から登板したコントレーラスは、2死を簡単に取ったがそこから二者連続四球を出して、タイムリーを浴びる。3イニング4失点でマウンドを降りた。
 6−2で最終回を迎えたマーリンズは、昨日2イニングを0点に押さえてサヨナラ勝利にとても大きく貢献したルーパーが登板し、新しいクローザーの登場かと思わせた。しかし結局打ち込まれ、暫定クローザーのアービーナが登板。バーニーにライトへの大飛球、松井には大変いい当たりの1塁ゴロを打たれたが、野手の正面でスリーアウト。ツイテいた。
 マーリンズはどうしても、クローザーが不安定なところが露呈したが、それでも手に落ちてきた幸運を無駄にすることなく、なんとか3勝目をあげることができた。 

 マーリンズにはこれで7戦目に進めることになったのが大変大きい。7戦はマーリンズでもっとも信頼できる投手、ベケットで戦える。勝っても負けても、マーリンズは再び完全燃焼できる。投手も先発、リリーフに関係なく全てつぎこめるのだ。
 明日の第6戦は、マーリンズには捨てゲームであろう。勝てる見込みも、勝つ必要もない。もちろん選手はそんな気分でいるはずはないだろうが、まだ1敗できて、最終戦はエース・ベケットで戦えるのは,最後に大きな意味をもつはずだ。
 第3戦で自らの先発で破れ、1勝2敗で崖っぷちに立たされたマーリンズだったが、ベケットは試合後こうコメントした。
「逆境に立たされてきたことは、これまでもあった。われわれは立ち止まったりしない」
 コメントの通り、精神力は問題ない。彼がマーリンズ、最後のキーだ。