イリーガルピッチ〜不正の王様

いわゆる不正投球のことで、ボールに唾液やワセリン、シャンプーなどをつける「スピットボール」や、紙や鉄のヤスリでボールに傷をつける「エメリーボール」、あるいは「スカッフボール」などのことを指す。
どうして投手がそんなことをするかというと、手に異物をつけたり、球に傷をつけると通常では考えられないほど大きな変化を、ボールがするからなのだ。
もちろん1920年にこの「不正投球」はルールで禁止されたが、この「トリック」の技術が廃れたわけでは決してない。
たとえば、ブロードウェイミュージカル「くたばれ!ヤンキース」は50年代にあまりにヤンキースが強かったために生まれた作品だが、その時代のヤンキースの大エース、ホワイティ・フォード(1950〜67)は、引退後に「エメリーボール」を使用していたことを堂々と告白している。彼の場合はキャッチャーのエルストン・ハワードと協力するやり方で、ハワードがフォ−ドにボールを返すときに、キャッチャーミットに隠しつけたヤスリで傷をつけたという。
だが「不正投球の王」と言えば、ゲイロード・ペリー(1962〜83)をおいて他にはいない。
ペリーがスピットボールを使用しているのは、敵も審判も味方にすら周知の事実だったが、その証拠を一度も見つけられないという素晴らしいテクニックを彼は持っていた。
また彼は、それを逆手にとった投げ方で、投球フォ−ムに入る前にキャッチャ−のサインを見ながら、グラブや帽子のツバの裏などワセリンを塗っていそうな怪しいところをそれこそ触りまくった。スピットボールを投げないときも、投げるときもそんな動きをするので、打者を混乱させるのにもその動きは役立っていたそうだ。
傑作なのは、彼は引退するとワセリンの販売会社をつくり、自らテレビCMに出ててしまったこと。これには高いユーモアのセンスが感じられ、どうしても彼を憎めない感じがする。
そのような不正投球の王も、通算成績は314勝、サイ・ヤング勝は両リーグで授賞、通算奪三振数は3534個で歴代8位という超一流投手のもので、決してキワモノ的な投手ではなかった。


現代でもそういったスピットボールやエメリーボールを投げる投手がいるのかと聞かれれば、その答えはもちろんイエス。たとえば4月17日のパドレスダイアモンドバックス戦で、パドレスの大塚が右手を口元にやったら、球審にボールカウントを1つ増やされたのもそのせいだ。球審は大塚が手にツバや汗をつけてスピットボールを投げると思ったから、不正投球を宣告したのだが、この判定が何より今でも不正投球をする投手が生きているという証拠である。
僕もものすごく稀に、ちょっと普通ではありえないほど曲がる、これはイリーガルピッチではないか?という投球を見ることがある。
そのときどんなことを感じるかというと、ルールを破った者への怒りというよりも、実を言うとよく審判の目をごまかしたなという称賛の方が僕には強い。
それは子供のころ、厳しい先生や怖い大人の目を盗んで、何かイタズラを成功させた者へ、ちょっとした称賛や共感を感じるのに似ている。
そしてそのとき僕は同時に、マウンド上でのペリーが見せていた不思議な動きや、彼がワセリンのCMに出てたことを思い出し、つい「ニヤリ」としてしまうのだ。
「お前さんも結構やるな」
ルールでは禁止されている不正投球なのに、そういう思いにかられてしまうのは、やっぱりペリーのことが頭にあるからなのだろうか。