きたぜ、ヤンキース。

ヤンキースオークランド・アスレチックスに、4−3で逆転勝利した5月5日の試合で、勝ち越し打を打ったトニー・クラークがこんなこと言っていた。
「オレは(ベンチ入りぎりぎりの)25番目の男。でも前向きでいられる。全員が自分の役割に集中している」
このセリフで久々に、王者に戦慄を覚えた。
帰ってきたようなのだ、本当のヤンキースが。


トニー・クラークという選手は身長は201cm、NBAにも指名されたことがあるぐらいの大男だ。もちろんバスケと野球の世界の両方でドラフトされるぐらいだから運動神経は抜群だし、その体格に見会うパワーも持っている。
タイガース時代の97〜99年には、3年連続30本塁打を記録して、今も弱いがその頃も弱かったタイガースにとって、クラークはほとんどチーム唯一の、といっていい期待の星だった。だがその後は徐々に成績を落としていき、16本塁打に終わった01年にはトレードで、タイガースでの生活は保障されていると思われた男は、意外にもチームを去ることになる。
それからはレッドソックス、メッツ、そしてヤンキースとチームを転々とするのだが、この間に本塁打数だけでなく、打率まで下げていった。かっては.270は平均だった打率は、昨季は.232(16本塁打)まで下がった。
だがヤンキースデビルレイズの日本開幕戦で見せた、弾丸ライナーのホームランが示すように、決してクラークのパワーが大幅に低下したわけではない。
それではここ数年低迷しているのはなぜなのか、と考えると、それはいつの頃からか見え始めた打撃の粗さのせいではないだろうかと前々から思っていた。
確かにパワーはあるので、当たれば果てしなく飛んでいく。だが彼は変化球に弱かった。投手はもちろん彼が変化球に弱いのを知っているので、そこを攻める。だが彼はその弱点を直そうとせず、同じバッティングを繰り返している。
つまりそれが僕の、クラークの打撃に対する印象の全てだった。


だがそんな、自分の才能すら全て使い切ってない(ように僕には見える)クラークが、「チームのみんなが自分の役割に集中している」だって?
その言葉を知った時、まずこう言いたかった。
おいおい、たとえ自分一人が勝利するのに必要なことすら知ろうとしなかった選手が、チーム全体で勝利するのに必要なことを考えているなんて、どういうことなんだい。
もし彼の言葉が真実だとするならば、つまりそれはクラークのような思考的でないと思われる選手でさえ(失礼!)、自分の役割というものを考え始めており、彼のセリフ、「オレは25番目の選手」の通り、つまりクラークは「チームの勝利に必要なことを考え始めた25番目の選手」ということになってしまう。
これまであれほど淡白だったクラークにまで、その執着心が浸透しているなら、他の選手にしていないはずがないのかもしれない。
才能のあるチームに、思考力と勝利への執着心まで持たれたなら、もうその歩みは誰にも止められないはずだが…。
そして、気がづけば4月にあれほど苦しんだヤンキースは、5月5日の勝利で8連勝をかざり、その間ライバル・レッドソックスは5連敗をきっして、ヤンキースレッドソックスとアリーグ東地区の同率首位になってしまっている。
そろそろきたぜ、と言うべきだろうか。