肩の良さ

どうやら松井稼頭央は、天然芝のグランドでの守備を、今のところ苦手にしているようだ。これまで日本でプレーしてきたホームの西武球場は、人口芝だった。そもそも日本に天然芝の球場は甲子園、広島市民球場、神戸のヤフーB.B.スタジアムの3つしかなく、ヤフーBB以外の2つの球場は、内野はメジャーリーグのように天然芝ではなく土だ。
そのため現在日本のプロ野球には、内外野ともに天然芝の球場は一つしかないのである。
それでは天然芝と人工芝の違いは何か、というと、打球が勢いを天然芝ではからめとられ、無くしてしまうことが最大の違いだろう。そのため天然芝の球場のゴロは、人工芝の上を跳んでくるゴロに比べれば明らかに遅い。(この逆の現象が、俗にいう「人工芝ヒット」)
そしてもちろん芝を刈り込む長さが各球場一定のはずはないわけで、その点でも打球の速度に変化はついてくる。打球が遅ければ捕りやすいじゃないか、という考え方もあるが、つまりそれは長年親しんできたプレーのリズムを変えないといけなくなってしまうことなのだ。
その点、新しいプレーのリズムを作り変える、あるいは修正しなければいけない状況に面しているいることが、今の松井の悩みの原因ではないだろうか。


5月2日のスポーツナビhttp://sportsnavi.yahoo.co.jp/baseball/mlb/04season/players/kazuo/column/200405/at00000466.html)のコラムに載っていた、あるスポーツカメラマンの松井に対する言葉はかなりショッキングなものだ。
「打席ではさすがに新人ばなれした風格を漂わせているけど、守備のときは別人のようだ。動きがギクシャクしていて、フォームが固まっていない。それにグラブに添える指が、ボールに対して突き出すような方向を向いているから、ケガをしそうでヒヤヒヤしてしまう」
そういう時も、松井にはあるのかもしれない、とは思う。
ただ松井の守備に関しては、きわめて僕は楽観的だ。
というのも確かに彼のフィールディングはまだ慣れないせいもあって完璧ではないかもしれないが、送球の正確性には卓越したものがあると感じるからなのだ。
メジャーリーグには、彼より肩のいいショートはたくさんいる。例えばその筆頭がレッドソックスガルシアパーラ。彼は一番深いショートのポジョションから、ノーステップで一塁にダイレクトで投げられるというとんでもない肩をもっている。
だがどんなに肩が強くても、正確性を欠いたら何もならない。ヒットの当たりを好捕してくれる代わりに、時々イージーミスをしてしまう選手より、スーパープレーはないが打ち取った球を確実にアウトにしてくれる選手の方がはるかに投手を助ける。なぜならそのイージーミスが、重要な場面で出ないとは言い切れないからだ。


また送球の正確性は、選手としての価値を数倍上げることにも役立つ。例えば3年連続ゴールデングラブ賞を文句なく授賞したイチロ−は、いうまでもなく強肩のイメージがあるが、実は彼より肩のいい外野手もまたメジャーに何人もいる。
たとえばそれはモンデシー(パイレーツ)やであり、アンドリュー・ジョーンズブレーブス)である。
だがその持って生まれた肩の強さ、それが逆に弱点になっている点もある。というのは身体的に恵まれているせいで力強い送球できてしまう彼らは、そこまで頭を使わなくても、十分に他の選手を圧倒できてしまう。
そのためイチローに比べれると、送球の精密な正確性でやや劣るのも事実なのだ。
あくまでそれは「やや」なのだが、クロスプレーではその「やや」が勝敗を決してしまうこともある。
このことについては、かつてイチローがユーモアをこめて、こんなことを言っていた。
「でもね、彼らがその繊細な感覚に気がついて、手に入れてしまったら、われわれ日本人選手は歯が立たなくなってしまいますよ。だから、今のままでいいとも思うんですよね」


結局最後にチームを救うのは肩の強さか、送球の正確性か。
例えばその答えの一つのヒントになるものは、イチローより肩が強い外野手は何人もいるが、イチローより正確な送球のできる外野手はほとんどいないという事実ではないだろうか。そして結局守備で名を馳せているのは、どっちかということを考えると、それが一つの答えなのかもしれない。
そういう意味で、松井の守備は十分にメジャーでも問題ないのではないだろうか。