ムーン・ショット

ホームランと一口にいっても、実に色々なホームランがあるなあと、よく思う。
たとえば昨日の回で紹介したA・ロッド(ヤンキース)や、ミゲール・カブレラマーリンズ)のホームランはふわりとしながらも、重力を無視しているかのように伸びていくし、ゲーリー・シェーフィールド(ヤンキース)のホームランには、高速弾丸ライナーがよく見られる。
バリー・ボンズジャイアンツ)の打球は、意志を持っているかのように、空を切り裂いて力強く前に進んでいく感じがある。
そういった様々な特徴のホームランがある中、アメリカにはホームランを形容する言葉の一つに、「Moon Shot」という言葉がある。


野球の言葉で「Moon」と聞くと勘のいい人ならば、大杉勝男(当時東映フラライヤーズ。日本ハムの前身)がスランプ脱出のきっかけとなったコーチの一言、「(あの)月にむかって打て」を思い出すかもしれないが、ニュアンス的には似ている。
ムーン・ショットの意味は「(あの月に届いてしまうくらい)高いアーチを描いて、空をどこまでも遠く飛んで行くホームラン」なのだ。
そのような、美しいムーン・ショットを打つバッターといえば、古くは「赤バットの川上、青バットの大下」といわれた大下弘や、「誰も真似の出来ない、高い弧を描いて落ち来るホームラン」の田淵幸一が日本にはいた。
では現在のメジャーリーグでムーン・ショッターは誰だろうかと考えると、「高く、そして遠くまで」というホームランバッターの代表は、サミー・ソーサではないかと思う。
彼がボールを真にジャストミートした時は、ボールの高さや、飛距離はちょっと他の打者にはマネができない。ただそういう時の打球は彼のスイング同様にパワフルなので、あっという間にフィールドを通過してしまい、ボールが月と重なるのではないかと一瞬思うほどの(もちろん現実にはありえないけれど)高い位置から落ちてくる余韻を味わうことはできないのが、いくらか残念ではあるが。
それにしても「ムーン・ショット」とは粋な言葉よ、と思う。
なぜならだって、次の日の新聞で「He hit a wondreful moon shot.」と書かれているのを読んだら、それだけでその瞬間にどんな情景が球場に訪れたかが、イメージできてしまうではないか。
この言葉、野球用語の中でも、特に美しい言葉だと思う。