富豪になったキューバの未完の大器。

23日のメジャーリーグ公式ホームページ(日本語版)に、面白い記事がのっていた。(http://www.major.jp/news/news.php?id=2004062336
記事の主役は、ヤンキースの投手コントレーラスで、この記事を要約してみると、ここまで4勝3敗、防御率6.13と不調が続いていたコントレーラスは、1昨年に祖国キューバを亡命して以来、実に21ヶ月ぶりに妻子と再会した。そのため不振の原因の一つとされていた、家族の問題も解消し、これからは調子も上向いていくだろうという観測の記事である。
面白いと思ったのは、当のコントレーラスのコメントで、「これからは前より精神的に安定すると思う」と、まるで自分には精神的に安定していない部分があると、自ら認めているともとれる発言をしていることだ。


確かにコントレーラスは、精神的に安定しないせいで自分の実力を、全て発揮しているとは考えにくい選手の一人だ。だが投げるボールだけで見ていると、彼には投手としては、ほとんど完璧な能力を備えた人間だということがわかる。
100マイル(時速161キロ)の速球に、140キロ台前半の大きく落下するスプリット、140キロ台後半のスライダーを持ち、調子がいいときには速球は、なんと102マイル(164キロ)までスピードが出る。
100マイルを越える速球を投げられる投手は、メジャーリーグにだってそうはいないし、その快速球と併用するスプリットのコンビネーションも、本来なら恐ろしい威力をもっている。
だが、そういった恐るべき才能を持ちながらも、決してコントレーラスはマウンドからバッターを圧倒したり、試合を支配できる投手ではない。
それは前の試合で、あるいは前のイニングであれほどの好投を見せたと思ったら、次の試合、次のイニングでは全く違う投手になってしまう、いってみれば「乙女心と秋の空」のような投球のせいなのだ。だからバッターは、コントレーラスは一定した投球ができないのを知っているので、ボールにスピードがあることは感じていても、彼に大きな圧迫感は感じていないはずだ。


その原因は、前述のコメントのとおり、慣れない異国の地で家族と離れ、一人で新しい環境の中で戦っていかなけらばならなかった、孤独のせいにあったのかもしれない。だが去年のポストシーズンでの、快晴だった次の日はどしゃ降りの天気のような、極端に日変わりするピッチングに見慣れてしまうと、どうもその不安定さは、家族と離れているせいだけではなく、それが彼の本質なのではないだろうかとも思えてしまう。
ただそれは、家族と再会したこれからの結果によって明らかになってくるだろう。


もう一つコントレーラスを見ていて思うのは、彼はどこかに到達する前に、すでに何かを手に入れてしまった選手ではないかということである。
コントレーラスはシドニー五輪に、キューバナショナルチームのエースとして出場し、金メダルを獲得した。その対価として、ヤンキースは2002年の10月にコントレーラスが亡命して来たときに、3200万ドル(1ドル=110円として、約32億円)を払う4年間の契約を結んでいる。
年俸になおせば約8億円。物価が米国と比べて隔絶的に違うキューバから移住してきたものとって、米国人にとっても高額なこの年俸は、想像を絶する金額だったはずだ。
彼はこの大金をマイナーリーグの試合も、メジャーリーグの試合も1度も、経験する前に手に入れてしまった。彼は初めから、挑戦者でありながら何一つ持たない者ではなく、王になる前に何ものかを手に入れてしまった者なのだ。
そうなった者に、情熱を湧きおこし、目標を与えることほど難しいことはない。


だがコントレーラスがこれ以上の何かを手に入れるにしても、例えばそれを名誉や人生の充実ではなく年俸に限定してみても、彼の情熱を喚起させるには難しいのではないだろうか。たとえ今後精進を続け、球界を代表する投手になったとしても、彼に払われれるだろう年俸は、現在の相場ならば15億円前後だ。(球界の最高年俸投手は、ケビン・ブラウンの約17億円)
だが8億円から15億円に年俸が増えたとしても、祖国を捨てて来た時に契約した8億円の興奮には、決して及ばないことは想像に易い。
そういう選手には、この先どういうゴールを提示すればいいのだろうか。

タイトルホルダーになる?
チームの優勝に貢献する?
人々の記憶に残る選手になること?

だが彼にとって野球は、生活の糧を稼ぐ職業の一つにすぎなかったら、どうだろう…。


もちろんここまで書いてきたことは、あくまで僕の想像の粋を越えたものではないし、コントレーラスの本当の気持ちもわからない。
だが彼のその余りにも恵まれた才能とは、正反対の不安定なものが漂う投球を見るたびに、その原因はどこにあるのだろうと思ってきた。
それは単順に精神的な弱さのせいかもしれないが、同時にどうして自分の才能にもっと固執しないのだろう、しがみつかないのだろうと感じさせる淡白さも彼の投球には感じてきた。
もしかしてそれが現状の生活に対する満足ならば、その淡白さにも納得できる。
だからできれば、彼が何も持たずにキューバからやってきたならば、状況は違っていたのではないかとも思うのである。
それは彼の家族たちにとっては、大きな困窮を意味するので、無責任には望めないことであるが、それでももしこの才能が、メジャーリーグの歴史に残る前に消えていってしまうのは余りにも惜しいと思うのだ…。


家族と再会後、初めて登板した26日のメッツとのサブウェイシリーズでは、6回を2安打、0点に抑え、自己最高の10奪三振を奪った。
その好投は偶然なのか、それとも彼が言った通り家族と再会し、変わった証拠なのかはこれから徐々にわかっていくだろう。、特にヤンキースは地区優勝であれ、ワイルドカードであれ、必ずポストシーズンに進出するはずだから、10月まで彼を見るチャンスはあるのだ。